プリンス.com
非公式のファンのサイトです。日産自動車とは無関係です。ここでいう「プリンス」は、かつてスカイライン・グロリアを作ったプリンス自動車工業(1966年に日産自動車と合併)のことで、ホテルなど同じ名前のほかの会社や商品とは関係がありません。
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「プリンス」の名前の由来と、ほかのプリンスとの区別

このサイトが扱う「プリンス」は、プリンス自動車工業だけです

一言で車のブランド「プリンス」は、皇太子明仁親王(当時)の立太子礼を記念して付けられた名前で、のちに会社名にもなりました(日産ヘリテージコレクションの英語版の解説による)。ホテルなど、ほかの「プリンス」とは関係ありません。

名前の由来

ヘリテージコレクションのプリンスセダンの解説は、次のことを書いています[1]。(1) 車名は皇太子の立太子礼を記念したもの。(2) 「プリンス」は会社名・ブランド名として採用された。(3) 皇太子は1954年の第1回東京モーターショー(日比谷公園)でこの車を気に入り、のちに購入した。英語の「Prince」は王子、特に皇太子をさす言葉で、車名とブランドの両方に使われたことになります。

エンジンの記号にも出てくる会社の名

同じ解説は、プリンスセダンのエンジン「FG4A」の読み方を説明しています。Fは富士精密工業、Gはガソリン、4は4気筒、Aは富士精密が最初に開発したエンジン、という意味です[1]。日産の年表も、1957年にスカイラインを発売したのは「富士精密工業(後のプリンス自動車工業)」と書きます[2]。つまり、車の名前としては「プリンス」、エンジンを作った会社としては「富士精密工業」という名前が、資料の中で並んで出てきます。これらの関係の細かい経緯は歴史で触れた通り、確かめられない部分があります。

プリンスの名前をもつもの、もたないもの

この会社の車は、日産との合併後もしばらく「プリンス」の名前を持っていました。ヘリテージコレクションの1967年のグロリア スーパー6の解説は、合併後に作られた最後のモデルで、PRINCEとNISSANの両方のエンブレムをつけていると述べます[3]。一方、日産のギャラリー一覧では、1967年以降のR380-II、R381、R382は「ニッサン」表記で載っています[4]。

見分けるときの手がかりプリンス自動車の話か
スカイライン、グロリア、プリンスセダン、R380、村山工場の話はい(このサイトの対象)
宿泊や飲食など、サービスの名前の「プリンス」いいえ(このサイトでは扱わない)
日産の販売店の名前に残る「プリンス」このサイトでは扱わない(販売会社の名前は確認していない)
1966年より前の「プリンス」の車はい

表の2行目と3行目は、「扱わない」という方針を示しているだけで、個々の会社や商品について何かを断定するものではありません。同じ名前の別の会社を調べるときは、その会社自身の公式サイトをご覧ください。

資料ごとに違う、会社の呼び方

前身の会社の呼び名は、資料によって違います。同じ会社をさしているのか、別の会社なのかは、資料に書かれていない部分があるため、ここでは書かれているとおりに並べるだけにします。

資料での呼び方書かれている場面出典
東京電気自動車(のちのプリンス自動車工業)1947年に旧立川飛行機のエンジニアらが興し、たま電気自動車を売り始めた会社[5]
たま自動車(Tama Automobile)プリンスセダンを作った会社。1966年に日産が合併したPrince Motors, Ltd.の前身と書かれている[1]
富士精密工業(後のプリンス自動車工業)プリンスセダンのエンジンを作った会社。1957年4月にスカイラインを発売した会社として年表にも出てくる[1][2]
プリンス自動車工業1966年8月に日産自動車と合併し、村山工場が日産に帰属した会社[6]

4つの呼び名は、どれも「のちのプリンス自動車工業」「後のプリンス自動車工業」という形で、最終的に1つの会社につながるように書かれています。しかし、どの時点で誰が誰と一緒になったのかは、確かめた資料のどこにも書かれていません。ですからこのサイトは、社名の変わった年や合併の日付を書かないままにしています。

皇太子と最初のプリンスセダン

ヘリテージコレクションの解説には、名前の由来のほかに、車と皇太子の結びつきが書かれています。プリンスセダンは1952年3月に作り出された車で、AISH-2型は1953年6月に発売された、と注記にあります[1]。皇太子明仁親王(当時)は、1954年の第1回東京モーターショーでこの車を気に入って、のちに購入し、実際に自分で運転した、と解説は書きます。名前の由来が皇太子であり、その皇太子が実際にこの車に乗ったことが、解説では誇らしい出来事として語られています。

なお、保存車の年式は一覧で1954年と書かれていて[7]、年表の1952年3月とは年が違います。車種の登場と個体の年式の違いかもしれませんが、資料に説明がないため、どちらも書いたままにしています。

よくある質問

「プリンス」の名前は、いつまで車に付いていましたか。
確かめた資料でいえるのは次の2点です。1967年のグロリア スーパー6は、日産とプリンスの合併の後に作られた最後のモデルで、PRINCEとNISSANの両方のエンブレムをつけています[3]。日産の年表には、1967年8月の項目としてプリンスマイラー(T446型)も載っています[6]。それより後の使われ方は確かめていません。
プリンスセダンは、皇太子のために作られた車ですか。
解説は、車名が立太子礼を記念したものだと書いています。皇太子のために作られたとまでは書いておらず、皇太子が1954年のモーターショーで気に入り、のちに購入したと書いています[1]。
ホテルの「プリンス」と関係はありますか。
確かめた資料からは、関係を示す記述は見つかりませんでした。このサイトは車の会社だけを扱うため、ほかの「プリンス」については判断しません。

このサイトの名前について

サイト名の「プリンス.com」は、プリンス自動車のファンのための非公式なサイトの名前です。日産自動車や、プリンス自動車工業の権利を引き継いだ会社が運営するものではありません。ロゴは使わず、公式の画像も載せていません。

この面で確かめていないこと「プリンス」の名前の商標が、現在どの会社に属しているかは確かめていません。日産の販売店の名前など、現在の「プリンス」の使われ方も調べていません。

出典

  1. 日産ヘリテージコレクション プリンスセダン(AISH-2)(2026年11月7日に確認)
  2. 日産 企業情報 ヘリテージ 1950年代(2026年11月7日に確認)
  3. 日産ヘリテージコレクション プリンス グロリア スーパー6(1967年・S41D)(2026年11月7日に確認)
  4. 日産 ヘリテージ ギャラリー一覧(2026年11月7日に確認)
  5. 日産 企業情報 ヘリテージ 1940年代(2026年11月7日に確認)
  6. 日産 企業情報 ヘリテージ 1960年代(2026年11月7日に確認)
  7. 日産ヘリテージコレクション プリンス系の車の一覧(英語版)(2026年11月7日に確認)