プリンス.com
非公式のファンのサイトです。日産自動車とは無関係です。ここでいう「プリンス」は、かつてスカイライン・グロリアを作ったプリンス自動車工業(1966年に日産自動車と合併)のことで、ホテルなど同じ名前のほかの会社や商品とは関係がありません。
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プリンス自動車工業の歴史

電気自動車から始まり、スカイラインとグロリアで知られ、日産と合併した会社

先に結論プリンス自動車工業の源流は、1947年に旧立川飛行機の技術者らがつくった東京電気自動車です。ガソリン車の「プリンスセダン」で名を広め、1957年にスカイライン、1959年にグロリアを出し、1966年8月に日産自動車と合併しました。

1. はじまりは電気自動車(1947年)

日産の公式年表(1940年代)は、旧立川飛行機の技術者が設立した「東京電気自動車」(のちのプリンス自動車工業)が、完全な電気式の「たま電気自動車」を売り始めたと書いています[1]。年表には1947年5月の項目として、たま電気自動車(E4S47)とたま貨物車(EOT47)が並びます。航空機の会社の技術者が、戦後に自動車づくりへ移ったことが、この会社の出発点でした。武蔵村山市の歴史資料も、1947年に立川飛行機出身の技術者らが東京電気自動車(後のプリンス自動車工業)を設立したと、同じ内容を記しています[2]。

2. ガソリン車とプリンスの名(1950年代)

日産の年表(1950年代)は、1952年3月の項目として「プリンスセダン AISH型」と「プリンストラック AFTF型」を載せます[3]。ヘリテージコレクションの英語版の解説によると、「プリンス」の名は皇太子明仁親王(当時)の立太子礼を記念したもので、会社名・ブランド名としても使われました[4]。同じ解説は、1954年に日比谷公園であった第1回東京モーターショーで、皇太子がこの車を気に入り、のちに購入したと書いています。

1954年5月にキャブオーバートラック(AJVC型)、1955年4月に同(AKTG型)、そして1957年4月にスカイライン デラックス(ALSID-1型)が続きます[3]。スカイラインはプリンスセダンの後継として生まれた車です[5]。

3. グロリアとレース(1959年〜1965年)

1959年2月にはプリンスグロリア(BLSI型)が出ました。日産の年表の本文は、1957年にスカイラインが発売され、59年からは高級乗用車のグロリアも派生した、と説明しています[3]。1960年にはイタリアのデザイナー、ジョバンニ・ミケロッティによるスカイラインスポーツがトリノのショーで発表されました[6]。

1962年には武蔵村山に、テストコースを備えた村山工場が新設されます。当時の自動車工場としては日本最大規模だったと、市の資料は書いています[2]。1963年には鈴鹿サーキットで第1回日本グランプリが開かれ、これをきっかけにスポーツカーへの関心が高まったと日産の年表は述べます[7]。プリンスは翌1964年の第2回大会に向けて、スカイラインGTという特別な車を作りました[8]。

4. 日産との合併(1966年)

日産の年表(1960年代)には、1966年5月の第3回日本グランプリでニッサンR380-Iが優勝し、1966年8月にプリンス自動車工業と合併、これに伴って村山工場が日産に帰属した、と並んでいます[7]。レースの優勝車はプリンス時代に作られたR380でした[9]。合併の経緯は1966年の日産との合併で、さらにくわしく見ます。

5. 合併のあと

村山工場は「日産自動車プリンス事業部村山工場」となり、2001年に生産を終えるまでに約1,000万台が作られた、と市の資料は書いています[2]。スカイラインは日産の車として続き、1968年7月に3代目(C10型)、1969年2月にはスカイライン2000GT-R(C10型)が出ました[7]。

どの資料を信用したか

企業の沿革は、ウェブの記事によって社名の変わった年や合併の細かい日付がそろわないことがあります。このサイトは、日産自動車の公式サイトと武蔵村山市の公式サイトに書かれている年と事実だけを使い、書かれていない部分は推測で埋めません。

歴史を技術者の側から読むには、スカイラインとR380の開発を率いた櫻井眞一郎の面も参照してください。経歴は日産のレジェンド記事で確かめています。

合併の直後の1966年10月に日産が「国産初の貴賓用リムジン」として発表した御料車については、ニッサン・プリンス・ロイヤルの面にまとめています。

この面で確かめていないことたま自動車・富士精密工業・プリンス自動車工業の間で、会社同士がいつ・どう統合し、社名がいつ変わったかの細かい経緯は、公式の資料では確かめられませんでした。ヘリテージコレクションの英語解説にも、社名についてやや粗い書き方があります。そのため「何年に社名がこう変わった」とは書いていません。

関連:年表・前身のたま電気自動車・村山工場・車の図鑑

出典

  1. 日産 企業情報 ヘリテージ 1940年代(2026年11月7日に確認)
  2. 武蔵村山市 歴史散策コース(南西コース)(2026年11月7日に確認)
  3. 日産 企業情報 ヘリテージ 1950年代(2026年11月7日に確認)
  4. 日産ヘリテージコレクション プリンスセダン(AISH-2)(2026年11月7日に確認)
  5. 日産ヘリテージコレクション プリンス スカイライン デラックス(ALSID-1)(2026年11月7日に確認)
  6. 日産ヘリテージコレクション プリンス スカイラインスポーツ(BLRA-3)(2026年11月7日に確認)
  7. 日産 企業情報 ヘリテージ 1960年代(2026年11月7日に確認)
  8. 日産ヘリテージコレクション プリンス スカイラインGT(S54)(2026年11月7日に確認)
  9. 日産ヘリテージコレクション プリンス R380(A-I型)(英語版)(2026年11月7日に確認)