プリンス スカイラインスポーツ(BLRA-3)
イタリアのデザイン、手づくりのボディ。約60台だけのクーペ

2台の保存車
ヘリテージコレクションには、スカイラインスポーツが2台あります。1台は1960年式・青(番号028)、もう1台は1963年式・金(番号302)です[1]。1960年式は、トリノで発表されたショーカーとして紹介され[2]、1963年式は、日本で販売された量産車の解説が付いています[3]。
1960年式(番号028)のショーカー
- 全長×全幅
- 4,650 × 1,695 mm
- 全高
- 1,385 mm(コンバーチブルは1,410mm)
- ホイールベース
- 2,535 mm
- トレッド(前/後)
- 1,388 / 1,374 mm
- 車両重量
- 1,350 kg(コンバーチブルは1,340kg)
- エンジン
- GB4 直列4気筒OHV 1,862cc
- 最高出力
- 69kW(94PS)/4,800rpm
- 最大トルク
- 153N・m(15.6kgm)/3,600rpm
- 最高速度
- 150 km/h
解説は、日本で初めての高級スポーツクーペ、イタリアのデザインを持つ最初の国産車と述べます。シャシーはグロリアのものを使い、ショーカーはイタリアのカロッツェリアで作られた本物です。ルームミラーには、1960年のローマ五輪へのオマージュとして五輪のマークが付き、エンブレムが量産型とは少し違います。会場には青いクーペと白いコンバーチブルが出て、観客を驚かせた、と書かれています[2]。
1963年式(番号302)の量産車
- 寸法
- 3,915 × 1,496 × 1,470 mm
- ホイールベース
- 2,280 mm
- エンジン(諸元欄)
- E1 1,189cc 直列4気筒OHV 40.4kW(55PS)
- サスペンション
- 前:ダブルウィッシュボーン/後:平行リーフ
- ブレーキ
- 前後ともドラム
- タイヤ
- 5.60-13-4PR
この面の解説は、トリノでの発表が1960年、日本での発売が1962年4月であること、ボディは「イタリアから職人を招き、その技術を受け継いで手作りした」という新しい作り方だったこと、エンジンなどの機構はプリンスグロリア1900と共通だったことを書きます。値段は当時クーペが185万円、コンバーチブルが195万円で、今の価値では2,000万円を超えるとも述べ、生産台数は約60台だったとあります[3]。
ページの中の食い違い
公式の解説の中で、数字が合わないところがあります。1960年式のページは、諸元が1,862ccなのに、歴史の文章では1900ccと書きます。諸元欄の数字と本文の数字が、このように食い違っています[2]。1963年式のページでは、諸元の表がE1型・1,189cc・55PSなのに、歴史の文章はグロリア1900と同じ1900cc・94PSと書きます[3]。どちらが正しいかは、公式ページだけでは決められないため、このサイトは両方を載せています。
日産の年表では
日産の1960年代の年表は、1960年11月の項目として「プリンス・スカイラインスポーツ クーペ(BLRA-3型)」を載せています[4]。
2台の保存車の数字を並べる
| 項目 | 1960年式(番号028) | 1963年式(番号302) |
|---|---|---|
| 全長 | 4,650mm | 3,915mm |
| 全幅 | 1,695mm | 1,496mm |
| 全高 | 1,385mm | 1,470mm |
| ホイールベース | 2,535mm | 2,280mm |
| トレッド(前/後) | 1,388 / 1,374mm | 1,209 / 1,194mm |
| エンジン(諸元欄) | GB4 1,862cc | E1 1,189cc |
| 最高出力 | 69kW(94PS)/4,800rpm | 40.4kW(55PS)/4,800rpm |
| 最大トルク | 153N・m(15.6kgm)/3,600rpm | 87N・m(8.8kgf・m)/3,600rpm |
| タイヤ | 5.90-15-4PR | 5.60-13-4PR |
| 最高速度 | 150km/h | 書かれていない |
全長で735mm、ホイールベースで255mm、1963年式のほうが小さく、出力も94PSと55PSで大きく違います[2][3]。同じ「スカイラインスポーツ」の保存車でも、諸元欄の数字は別の大きさの車を示しているように見えます。一方、2台目の歴史の文章は、エンジンをグロリア1900と共通の1900cc・94PSと書いていて、1960年式の数字(94PS)と一致します。この食い違いは、前の節のとおり、公式ページだけでは解けません。
発売までの年の整理
| 年月 | できごと | 出典 |
|---|---|---|
| 1960年 | トリノのショーで発表(ミケロッティのデザイン) | [2] |
| 1960年11月 | 日産の年表に「プリンス・スカイラインスポーツ クーペ(BLRA-3型)」が載る | [4] |
| 1962年4月 | 日本で発売 | [3] |
年表の1960年11月から、解説の発売月(1962年4月)までは、数え方によっておよそ1年5か月あります。年表の月が何を指すか(発表か、受注か)は書かれていないので、このサイトは両方を並べるだけにします。
価格の読み方
解説によれば、価格はクーペが185万円、コンバーチブルが195万円で、差は10万円です。解説は、当時の185万円は「今では2,000万円を超える」ほどの高さで、買える人が限られた、と述べます[3]。「いまの価値でいくら」という換算の方法や年は書かれていません。
よくある質問
デザインしたのはだれですか。
コンバーチブルもありましたか。
ショーカーと量産車は何が違いますか。
なぜ車体を手で作ったのですか。
出典
- 日産ヘリテージコレクション プリンス系の車の一覧(英語版)(2026年11月7日に確認)
- 日産ヘリテージコレクション プリンス スカイラインスポーツ(BLRA-3)(2026年11月7日に確認)
- 日産ヘリテージコレクション プリンス スカイラインスポーツ クーペ(1963年・No.302)(2026年11月7日に確認)
- 日産 企業情報 ヘリテージ 1960年代(2026年11月7日に確認)