プリンス.com
非公式のファンのサイトです。日産自動車とは無関係です。ここでいう「プリンス」は、かつてスカイライン・グロリアを作ったプリンス自動車工業(1966年に日産自動車と合併)のことで、ホテルなど同じ名前のほかの会社や商品とは関係がありません。
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プリンス スカイラインスポーツ(BLRA-3)

イタリアのデザイン、手づくりのボディ。約60台だけのクーペ

要点デザインはジョバンニ・ミケロッティ。1960年にトリノのショーで発表され、日本での発売は1962年4月。クーペは185万円、コンバーチブルは195万円で、生産台数は約60台だった、と日産ヘリテージコレクションの解説にあります。
プリンス スカイラインスポーツ クーペ(1962年型・展示車)
プリンス スカイラインスポーツ クーペ(1962年型・展示車)。写真:TTTNIS/CC0/Wikimedia Commons(改変:縮小・webp化)

2台の保存車

ヘリテージコレクションには、スカイラインスポーツが2台あります。1台は1960年式・青(番号028)、もう1台は1963年式・金(番号302)です[1]。1960年式は、トリノで発表されたショーカーとして紹介され[2]、1963年式は、日本で販売された量産車の解説が付いています[3]。

1960年式(番号028)のショーカー

全長×全幅
4,650 × 1,695 mm
全高
1,385 mm(コンバーチブルは1,410mm)
ホイールベース
2,535 mm
トレッド(前/後)
1,388 / 1,374 mm
車両重量
1,350 kg(コンバーチブルは1,340kg)
エンジン
GB4 直列4気筒OHV 1,862cc
最高出力
69kW(94PS)/4,800rpm
最大トルク
153N・m(15.6kgm)/3,600rpm
最高速度
150 km/h

解説は、日本で初めての高級スポーツクーペ、イタリアのデザインを持つ最初の国産車と述べます。シャシーはグロリアのものを使い、ショーカーはイタリアのカロッツェリアで作られた本物です。ルームミラーには、1960年のローマ五輪へのオマージュとして五輪のマークが付き、エンブレムが量産型とは少し違います。会場には青いクーペと白いコンバーチブルが出て、観客を驚かせた、と書かれています[2]。

1963年式(番号302)の量産車

寸法
3,915 × 1,496 × 1,470 mm
ホイールベース
2,280 mm
エンジン(諸元欄)
E1 1,189cc 直列4気筒OHV 40.4kW(55PS)
サスペンション
前:ダブルウィッシュボーン/後:平行リーフ
ブレーキ
前後ともドラム
タイヤ
5.60-13-4PR

この面の解説は、トリノでの発表が1960年、日本での発売が1962年4月であること、ボディは「イタリアから職人を招き、その技術を受け継いで手作りした」という新しい作り方だったこと、エンジンなどの機構はプリンスグロリア1900と共通だったことを書きます。値段は当時クーペが185万円、コンバーチブルが195万円で、今の価値では2,000万円を超えるとも述べ、生産台数は約60台だったとあります[3]。

ページの中の食い違い

公式の解説の中で、数字が合わないところがあります。1960年式のページは、諸元が1,862ccなのに、歴史の文章では1900ccと書きます。諸元欄の数字と本文の数字が、このように食い違っています[2]。1963年式のページでは、諸元の表がE1型・1,189cc・55PSなのに、歴史の文章はグロリア1900と同じ1900cc・94PSと書きます[3]。どちらが正しいかは、公式ページだけでは決められないため、このサイトは両方を載せています。

日産の年表では

日産の1960年代の年表は、1960年11月の項目として「プリンス・スカイラインスポーツ クーペ(BLRA-3型)」を載せています[4]。

2台の保存車の数字を並べる

項目1960年式(番号028)1963年式(番号302)
全長4,650mm3,915mm
全幅1,695mm1,496mm
全高1,385mm1,470mm
ホイールベース2,535mm2,280mm
トレッド(前/後)1,388 / 1,374mm1,209 / 1,194mm
エンジン(諸元欄)GB4 1,862ccE1 1,189cc
最高出力69kW(94PS)/4,800rpm40.4kW(55PS)/4,800rpm
最大トルク153N・m(15.6kgm)/3,600rpm87N・m(8.8kgf・m)/3,600rpm
タイヤ5.90-15-4PR5.60-13-4PR
最高速度150km/h書かれていない

全長で735mm、ホイールベースで255mm、1963年式のほうが小さく、出力も94PSと55PSで大きく違います[2][3]。同じ「スカイラインスポーツ」の保存車でも、諸元欄の数字は別の大きさの車を示しているように見えます。一方、2台目の歴史の文章は、エンジンをグロリア1900と共通の1900cc・94PSと書いていて、1960年式の数字(94PS)と一致します。この食い違いは、前の節のとおり、公式ページだけでは解けません。

発売までの年の整理

年月できごと出典
1960年トリノのショーで発表(ミケロッティのデザイン)[2]
1960年11月日産の年表に「プリンス・スカイラインスポーツ クーペ(BLRA-3型)」が載る[4]
1962年4月日本で発売[3]

年表の1960年11月から、解説の発売月(1962年4月)までは、数え方によっておよそ1年5か月あります。年表の月が何を指すか(発表か、受注か)は書かれていないので、このサイトは両方を並べるだけにします。

価格の読み方

解説によれば、価格はクーペが185万円、コンバーチブルが195万円で、差は10万円です。解説は、当時の185万円は「今では2,000万円を超える」ほどの高さで、買える人が限られた、と述べます[3]。「いまの価値でいくら」という換算の方法や年は書かれていません。

よくある質問

デザインしたのはだれですか。
イタリアの有名な自動車デザイナー、ジョバンニ・ミケロッティです。国産で初めて、イタリアのデザインを持つ車だった、と解説にあります[2]。
コンバーチブルもありましたか。
あります。1960年のトリノのショーには青いクーペと白いコンバーチブルが出ました。価格表示もクーペとコンバーチブルの2種類です[2][3]。1960年式の諸元欄では、コンバーチブルの全高は1,410mm、車両重量は1,340kgです。
ショーカーと量産車は何が違いますか。
解説は、ルームミラーにローマ五輪へのオマージュとして五輪のマークが付いていることと、エンブレムが量産型と少し違うことを挙げています[2]。
なぜ車体を手で作ったのですか。
解説は、イタリアから職人を招き、その技術を受け継いで手作りする方法が「前例のないもの」だった、と書くだけで、理由までは述べていません[3]。
この面で確かめていないこと1963年式の保存車の諸元(E1型・1,189cc)が、実際に積んでいたエンジンかどうか、約60台という数字の出どころは確かめられていません。トリノのショーの正確な日付も確かめていません。

出典

  1. 日産ヘリテージコレクション プリンス系の車の一覧(英語版)(2026年11月7日に確認)
  2. 日産ヘリテージコレクション プリンス スカイラインスポーツ(BLRA-3)(2026年11月7日に確認)
  3. 日産ヘリテージコレクション プリンス スカイラインスポーツ クーペ(1963年・No.302)(2026年11月7日に確認)
  4. 日産 企業情報 ヘリテージ 1960年代(2026年11月7日に確認)