プリンス.com
非公式のファンのサイトです。日産自動車とは無関係です。ここでいう「プリンス」は、かつてスカイライン・グロリアを作ったプリンス自動車工業(1966年に日産自動車と合併)のことで、ホテルなど同じ名前のほかの会社や商品とは関係がありません。
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R380の速度記録(谷田部)

1965年の国内記録と、1967年の世界記録

要点1965年10月6日、プリンスR380が茨城県の谷田部で速度記録に挑み、杉田幸朗選手が記録を出しました。ただしコースがFIAの公認を受けていなかったため、国内記録の扱いでした。1967年10月8日には、日産のR380-IIが公認コースで7種目の世界記録を出しました。
ニッサン R380-II(展示車)
ニッサン R380-II(展示車)。写真:Iwao from Tokyo, Japan/CC BY 2.0/Wikimedia Commons(改変:縮小・webp化)

2回の挑戦を比べる

項目1965年(プリンスR380)1967年(ニッサンR380-II)
日付1965年10月6日(2回目の50km挑戦は1965年10月14日)1967年10月8日
場所茨城県谷田部茨城県谷田部
運転杉田幸朗(プリンスの運転試験課)横山達(ニッサンレーシングチーム)
認定コースがFIA未公認のため、国内記録FIA公認の世界記録
種目50kmから200kmまでと1時間(英語版は6つ、日本語版は4種目と書く)50km、50マイル、100km、100マイル、200km、200マイル、1時間の7種目
平均速度50kmで233.33km/h(1965年10月14日の2回目は238.15km/h)、1時間で235.06km/h50kmで256.09km/h、1時間で250.98km/h

1965年の記録の数は、同じ日産の公式サイトの中でも、英語のショートストーリー[1]と、R380(A-II型)の日本語の解説[2]で、「6つ」と「4種目」に分かれています。

1967年の車、R380-II(A-II型)

日産ヘリテージコレクションの展示車は、この記録に実際に使った車です。最高速を狙った車なので、競技用とは車体の形が違い、80mm長くなっています。

寸法
4,060 × 1,685 × 985 mm
ホイールベース
2,360 mm
車両重量
590kg(空車)/718kg(競技状態)
エンジン
GR8 直列6気筒 4バルブDOHC 1,996cc
最高出力
162kW(220PS)以上/8,400rpm
最大トルク
196N・m(20.0kgm)以上/7,200rpm
ブレーキ
ディスク(ガーリング)
タイヤ
ダンロップR7 前5.50L-15/後6.50L-15

数字は日産ヘリテージコレクションの解説のとおりです[2]。1966年のA-I型より、出力が約20PS高くなっています。

名前の違い

1965年は「プリンスR380」、1967年は「ニッサンR380」です。1966年8月の合併[3]をはさんで、車は同じ系統のまま、名前だけが変わりました。ショートストーリーも、1967年の車は合併後に改名された、と書きます。

読むときの注意

世界記録と国内記録の違いは、速度ではなく「認定」の違いです。1965年の記録が遅かったという意味ではなく、走ったコースがFIAの公認を受けていなかった、というだけです。1965年の平均速度は、ショートストーリーの表に載っています(R380の面に全部の数字の表があります)。1時間の平均は、1965年が235.06km/h、1967年が250.98km/hで、約16km/h速くなっています。

1967年の記録は、それまでの記録をどれだけ上回ったか

ショートストーリーの表には、各種目の「それまでの記録」が載っています[1]。1967年の平均速度から、それまでの記録を引いた差を、このサイトで計算しました(単位はkm/h)。

種目1967年の平均速度それまでの記録差(計算)
50km256.09230.51+25.58
50マイル255.37237.21+18.16
100km254.67239.35+15.32
100マイル252.44229.36+23.08
200km251.99229.18+22.81
200マイル251.22228.54+22.68
1時間250.98229.23+21.75

差が一番大きいのは50kmの約25.6km/h、一番小さいのは100kmの約15.3km/hです。1967年の表では、50kmから200マイルへ距離が延びるにつれて、平均速度が256.09から251.22km/hへ少しずつ下がっています。1965年の表は、種目によって前の記録を上回った・下回ったが混ざっており、同じ並びにはなっていません。

よくある質問

世界記録と国内記録は、何が違うのですか。
日産の解説は、走ったコースがFIAの公認を受けていたかどうかの違いとして書いています[1]。1965年は公認前の谷田部のコースだったため国内記録、1967年は公認後のコースだったため国際(世界)記録です。
運転した人は同じですか。
いいえ。1965年は杉田幸朗(プリンスの運転試験課)、1967年は横山達(ニッサンレーシングチームのキャプテン)と書かれています[1]。
1967年の車は、レースの優勝車と同じですか。
型が違います。1967年の記録車はR380-II(A-II型)で、最高速度を重視した作りのため、競技用のカウルと細部が異なり、全長が80mm長いと解説にあります[2]。1966年の優勝車はR380(A-I型)です。
日本グランプリとの関係は。
1965年の挑戦は、日本グランプリが開かれなかった年に行われました。経緯は日本グランプリとプリンスにまとめています。
この面で確かめていないこと1965年の記録の種目数(6つか4つか)、1967年の運転手の下の名前の読み、谷田部のコースの詳細は確かめていません。

出典

  1. 日産ヘリテージコレクション ショートストーリー R380の国際速度記録(英語版)(2026年11月7日に確認)
  2. 日産ヘリテージコレクション ニッサンR380(A-II型)(2026年11月7日に確認)
  3. 日産 企業情報 ヘリテージ 1960年代(2026年11月7日に確認)