プリンス.com
非公式のファンのサイトです。日産自動車とは無関係です。ここでいう「プリンス」は、かつてスカイライン・グロリアを作ったプリンス自動車工業(1966年に日産自動車と合併)のことで、ホテルなど同じ名前のほかの会社や商品とは関係がありません。
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プリンス スカイライン2000GT(S54B-2・1965年)

レースの名声を、街の車に

要点1964年のレースのあと、125馬力の「2000GT(S54B-2型)」が1965年2月にカタログモデルとして発売されました。以降のスカイラインは、2000GTがイメージを引っぱった、と日産の解説は述べます。
スカイライン2000GT(S54型)のレース仕様の車
スカイライン2000GT(S54型)のレース仕様の車。写真:Sicnag/CC BY 2.0/Wikimedia Commons(改変:縮小・webp化)

ヘリテージコレクションの保存車

ヘリテージコレクションの一覧には、1965年式・白・番号291の「プリンス スカイライン2000GT(S54B-2)」が載っていますが、この項目には詳しい解説ページへのリンクがありません[1]。そのため、細かい諸元は確かめられていません。確かめられたのは、スカイラインGTの解説に書かれている次の事実です[2]。

レース用と市販車の違い

項目スカイラインGT(S54A-1)2000GT(S54B-2)
位置づけ1964年のレース用特別車(100台)1965年2月発売のカタログモデル
最高出力110kW(150PS)125馬力と解説にある
エンジンGR7B(G7型を改修)G7型をもとにした2リッター6気筒と推測できるが、ページには書かれていない
出典[2][2]

右下の「推測できる」の部分は、このサイトの推測であって、公式の事実ではありません。公式の解説に書かれているのは、出力が125馬力という点だけです。

日産の年表と歴代ページ

日産の1960年代の年表は、1965年2月の項目として「プリンススカイラインGT」を載せます[3]。スカイライン歴代ページは、2代目(S50型)の特徴として、1964年の第2回日本グランプリでスカイラインGTがポルシェ904GTSを抜いた場面と、「スカイライン2000GT」として1965年2月に市販されたことを書きます[4]。ここで「ポルシェ904GTSを抜いた」という表現は、解説の「ポルシェ904が優勝し、スカイラインGTが2〜6位」とあわせて読むとよいでしょう。優勝はポルシェで、スカイラインGTは、レースの途中でポルシェを抜く場面があったと読むのが自然です。日産のスカイライン歴代ページは、その場面を7周目のヘアピンと書いています[4]。

その後の2000GT

1969年2月には、スカイライン2000GT-R(C10型)が発売され、年表は「世界初:量産車としての4バルブDOHC機構を採用」と書きます[3]。これは日産との合併後の車で、プリンス時代の2000GTとは別の車です。合併については1966年の日産との合併をご覧ください。

GTから2000GTまでの流れ

年月できごと出典
1964年5月1日スカイラインGT(100台)を発売して出場資格を得る[2]
1964年5月3日第2回日本GP。ポルシェ904が優勝、スカイラインGTは2位から6位[2]
1965年2月スカイライン2000GT(S54B-2型)を発売[2][3]
1966年8月プリンス自動車工業と日産が合併[3]
1968年7月3代目スカイライン(C10型)[3]
1969年2月スカイライン2000GT-R(C10型)を発売[3]

レースの日から2000GTの発売までは、およそ9か月です。2000GTの発売は、合併のおよそ1年半前です。

同じキャブレター、違う出力

スカイラインGTの解説は、2000GTを「出場車と同じウェーバー3連キャブの125馬力仕様」と書いています[2]。つまりキャブレターの形式はレース用と同じで、出力はレース用の展示車(150PS)より低い125馬力です。エンジンの型名は解説に書かれていないため、上の比べ表では空けています。

レジェンド04に出てくる呼び名

日産のヘリテージ「レジェンド04」は、桜井眞一郎の逸話として、2代目スカイライン(S50)の「GT-B(S54)」の試乗会が1964年にあったと書き、2代目の期間を1963年〜1968年としています[5]。同じS54という型式が、資料によって「スカイラインGT」「GT-B」と呼ばれていることになります。呼び名の違いの理由は書かれていません。

よくある質問

「羊の皮を着た狼」とは何ですか。
日産のスカイライン歴代ページによれば、1964年の第2回日本グランプリで、スカイラインGTがポルシェ904GTSを抜いたことから与えられた称号です[4]。レジェンド04は、6気筒エンジンの2000GTが「羊の皮を被った狼」と言われた、と書いています[5]。
ポルシェを抜いたのは何周目ですか。
歴代ページは、7周目のヘアピンと書いています[4]。
この車の保存車はどこで見られますか。
日産ヘリテージコレクションの一覧に、1965年式・白・番号291として載っています。展示の状況は確かめていません。見学のしかたは日産ヘリテージコレクションの面にあります[1]。
この面で確かめていないことS54B-2の寸法・重量・価格・台数は、公式ページで確かめられませんでした。保存車(番号291)の詳しい解説ページは、確かめた時点で一覧にリンクがありませんでした。

出典

  1. 日産ヘリテージコレクション プリンス系の車の一覧(英語版)(2026年11月7日に確認)
  2. 日産ヘリテージコレクション プリンス スカイラインGT(S54)(2026年11月7日に確認)
  3. 日産 企業情報 ヘリテージ 1960年代(2026年11月7日に確認)
  4. 日産 NISSAN HERITAGE COLLECTION online スカイライン歴代12代の軌跡(2026年11月7日に確認)
  5. 日産 ヘリテージ レジェンド04 桜井眞一郎(2026年11月7日に確認)