プリンス グロリアの系譜
スカイラインから派生した、高級乗用車

世代の流れ
| 時期 | できごと | 出典 |
|---|---|---|
| 1959年2月 | 初代プリンスグロリア(BLSI型)。スカイライン ALSI とボディを共用 | [1][2] |
| 1962年9月 | 2代目プリンスグロリア S40型。平らなデッキの現代的な形に | [3][2] |
| 1963年 | スーパー6(S41)追加。2リッター6気筒のG7型を載せた | [4] |
| 1964年 | 第2回日本グランプリのT-VIレースでスーパー6が優勝、2位 | [2] |
| 1967年4月 | グロリア A30型(日産のグロリア) | [3] |
1964年のスーパー6(番号031・S41D)
- 寸法
- 4,650 × 1,695 × 1,480 mm
- ホイールベース
- 2,680 mm
- トレッド(前/後)
- 1,380 / 1,400 mm
- 車両重量
- 1,320 kg(カタログ値)
- エンジン
- G7 直列6気筒OHC 1,988cc
- 最高出力(諸元欄)
- 104kW(142PS)/6,800rpm
- 最大トルク
- 165N・m(16.8kgm)/4,400rpm
- サスペンション
- 前:ダブルウィッシュボーン/後:ド・ディオン式リーフ
- タイヤ
- 7.00-13-4PR
この保存車は、競技仕様の車として紹介されています。解説によれば、1964年の第2回日本グランプリのT-VIレースで、39号車(大石選手)が優勝、38号車(杉田選手)が2位でした[2]。
1967年のスーパー6(番号333・S41D)
- エンジン
- G7 直列6気筒OHC 1,988cc
- 最高出力
- 105PS/5,200rpm
- 最大トルク
- 167N・m(16.0kgm)/3,600rpm
- 変速機
- 4速(3速+オーバードライブ)コラムシフト
- 寸法
- 4,650 × 1,695 × 1,480 mm
- ホイールベース
- 2,680 mm
- サスペンション
- 前:ダブルウィッシュボーン/後:ド・ディオン式
- ブレーキ
- 前後ドラム
解説によると、2代目のグロリア(S4系)は「プリンスにとっての日本の高級車の理想」で、平らなボンネットとド・ディオン式の後輪サスペンション、アルミのドラムブレーキを備えていました。1967年の車は、日産とプリンスの合併後に作られた最後のモデルで、PRINCEとNISSANの両方のエンブレムを持っています[4]。
数字の食い違い
1964年の面は、諸元欄が142PS(6,800rpm)なのに、歴史の文章では、G7が国産エンジンとして初めて100PSを超える105PSを出したと書き、食い違っています[2]。1967年の面は105PS(5,200rpm)です[4]。競技用の調整値と、市販の値の違いを表している可能性もありますが、資料は説明していません。このサイトは、どちらも原文のまま載せ、一方を選びません。
関連する面
G7はスカイラインGTにも使われました(スカイラインGT)。プリンス時代のグロリアの競技での活躍は日本グランプリ、記号の読み方はエンジンの記号でも見られます。
1964年式と1967年式を並べる
| 項目 | 1964年式(番号031) | 1967年式(番号333) |
|---|---|---|
| 寸法 | 4,650 × 1,695 × 1,480mm | 4,650 × 1,695 × 1,480mm |
| ホイールベース | 2,680mm | 2,680mm |
| トレッド(前/後) | 1,380 / 1,400mm | 1,380 / 1,400mm |
| 車両重量 | 1,320kg(カタログ値) | 1,320kg |
| 最高出力 | 104kW(142PS)/6,800rpm | 105PS/5,200rpm |
| 最大トルク | 165N・m(16.8kgm)/4,400rpm | 167N・m(16.0kgm)/3,600rpm |
| 後輪のサスペンション | ド・ディオン式リーフ | ド・ディオン式 |
| タイヤ | 7.00-13-4PR | 7.00-13-4PR |
| 位置づけ | 競技仕様(第2回日本GP T-VIレース優勝車) | 日産とプリンスの合併後に作られた最後のモデル |
寸法・ホイールベース・車重・タイヤは2台とも同じです。違うのは出力とトルクの出る回転数で、1964年式は6,800rpmで142PS、1967年式は5,200rpmで105PSです[2][4]。
1967年式のページの諸元欄には、出力が「77W(105PS)」と書かれています。105PSをキロワットに直すと約77kWになるため、「W」は「kW」の誤りと読めますが、資料の表記をそのまま載せると誤解を招くので、ここでは105PSだけを示しました。
合併の後のグロリア
日産の年表には、1967年4月に「グロリア A30型」が載っています[3]。ヘリテージギャラリーの一覧にも、グロリア A30型のカタログがあります[5]。プリンスの丘自動車ショウを伝えるレスポンスの記事は、1971年のグロリア(4代目)から、合併によってセドリックの姉妹車になり、いわゆる「セド・グロ」の時代が始まった、と書いています[6]。このサイトの図鑑は、プリンス時代(1966年の合併まで)の車を中心にしているので、4代目以降はここで名前を挙げるだけにとどめます。
よくある質問
「スーパー6」の6は何ですか。
G7エンジンの何がすごいのですか。
第2回日本グランプリのT-VIレースの結果は。
1967年式のエンブレムは。
出典
- 日産 企業情報 ヘリテージ 1950年代(2026年11月7日に確認)
- 日産ヘリテージコレクション プリンス グロリア スーパー6(1964年・S41D)(2026年11月7日に確認)
- 日産 企業情報 ヘリテージ 1960年代(2026年11月7日に確認)
- 日産ヘリテージコレクション プリンス グロリア スーパー6(1967年・S41D)(2026年11月7日に確認)
- 日産 ヘリテージ ギャラリー一覧(2026年11月7日に確認)
- レスポンス 第5回プリンスの丘 自動車ショウの報道(2026年6月18日)(2026年11月7日に確認)