プリンス.com
非公式のファンのサイトです。日産自動車とは無関係です。ここでいう「プリンス」は、かつてスカイライン・グロリアを作ったプリンス自動車工業(1966年に日産自動車と合併)のことで、ホテルなど同じ名前のほかの会社や商品とは関係がありません。
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プリンスセダン(AISH-2)

社名とブランドの名を決めた、はじまりの小型乗用車

要点1.5リッター(1,484cc)の直列4気筒OHVエンジン、最高出力33kW(45PS)、最高速度110km/h。車名は皇太子の立太子礼にちなみ、日産ヘリテージコレクションが1954年式のAISH-2型を保存しています。
プリンスセダン(1956年型・AISH-V・展示車)
プリンスセダン(1956年型・AISH-V・展示車)。写真:TTTNIS/CC0/Wikimedia Commons(改変:上部を切り出し・縮小・webp化)

諸元

全長
4,290 mm
全幅
1,655 mm
全高
1,633 mm
ホイールベース
2,460 mm
車両重量
1,254 kg
エンジン
FG4A 1,484cc 直列4気筒OHV
最高出力
33kW(45PS)/4,000rpm
最大トルク
105N・m(10.75kgm)/3,200rpm
最高速度
110 km/h

数字は日産ヘリテージコレクション(英語版)の解説にあるとおりです[1]。

解説に書かれている来歴

解説は、AISH-2型が1953年6月に登場したと書き、プリンスセダンは「たま自動車」が作り、1952年3月に世に出たこと、エンジンは富士精密工業のものを使ったことを述べます[1]。日産の年表でも、1952年3月の項目として「プリンスセダン AISH型」が載っています[2]。型式の最後の「-2」は、同じAISH型の中の区別と思われますが、資料はこの点を説明していないので、確かめたことには含めません。

エンジンの記号FG4A

FG4Aは、Fが富士精密工業、Gがガソリン、4が4気筒、Aが富士精密の最初のエンジンを意味する、と解説は説明します。同じ形の記号は、のちのGA30やG7、GR8にも続いています。くわしくはエンジンの記号で並べます。

皇太子との関わり

解説によれば、皇太子明仁親王(当時)は1954年に日比谷公園で開かれた第1回東京モーターショーでこの車を気に入り、のちに購入しました。解説は、自ら運転した車だと述べて、特別な1台として紹介しています。車名の「プリンス」は、立太子礼を記念して付けられ、会社名・ブランド名にも使われました。このため、この車は「プリンス」の名前の話の中心になります。

スカイラインとの関係

1957年に登場した初代スカイラインは、ヘリテージコレクションの解説によれば、プリンスセダンの後継です[3]。寸法を並べると、全長は4,290mmから4,280mmとほぼ同じ、ホイールベースは2,460mmから2,535mmへ長くなり、最高速度は110km/hから125km/hに上がっています。数字の比べ方は諸元の比べ表でも見られます。

資料ごとに違う「年」

プリンスセダンについては、資料ごとに別の年が出てきます。どれが正しいというより、数えているものが違うと読めますが、資料にその説明はないので、書いてあるとおりに並べます。

年月書かれていること出典
1952年3月日産の年表に「プリンスセダン AISH型」が載る。解説も、この月に世に出たと書く[2][1]
1953年6月解説の注記に「AISH-2は1953年6月に登場」とある[1]
1954年日比谷公園の第1回東京モーターショーで皇太子が気に入り、のちに購入したと解説にある[1]
1954年式ヘリテージコレクションの保存車(番号014)の年式[4]

保存車の年式(1954年)は、AISH-2が登場したとされる1953年6月より後です。型式の末尾の「-2」と合わせて、モデルの途中で改められた型だった可能性はありますが、資料は書いていないので、ここでは推測にとどめず、年を並べるだけにします。

記号FG4Aを分けて読む

文字意味(解説の説明)
F富士精密工業
Gガソリンエンジン
44気筒
A富士精密が最初に開発したエンジン

つまりFG4Aは、富士精密工業がはじめて作った4気筒のガソリンエンジンを示す名前です[1]。解説は、プリンスセダンを作ったのは「たま自動車」で、エンジンは富士精密工業のものを使った、と書き分けています。車とエンジンで作り手が別だったことは、この記号から見て取れます。

前史:電気自動車のたま

日産の1940年代の年表には、旧立川飛行機のエンジニアたちが興した「東京電気自動車」(のちのプリンス自動車工業)が、1947年に100%電気自動車の「たま電気自動車」を売り出し、タクシー需要などに重宝された、とあります[5]。プリンスセダンは、その5年後にあたる1952年3月の年表の項目です。電気自動車の時代はたま電気自動車の面で整理しています。

よくある質問

皇太子はこの車を運転しましたか。
解説は「皇太子明仁親王(当時)が実際に自分で運転した、とても大切な車」だと書いています[1]。
皇太子が車を買ったのはいつですか。
解説は、1954年の第1回東京モーターショー(日比谷公園)で気に入り、「のちに購入した」と書くだけで、購入した年月は書いていません。
エンジンを作ったのはどの会社ですか。
富士精密工業です。解説は、車を作ったたま自動車が、富士精密工業のエンジンを使ったと述べています[1]。
最高速度はどのくらいですか。
110km/hです。のちの初代スカイラインは125km/hで、解説には「当時の国産車でいちばん速い」とあります[1][3]。
この面で確かめていないことページに「AISH-2は1953年6月に登場」とあるのと、保存車の年式が1954年である理由、販売台数、価格は、公式ページに書かれておらず確かめていません。皇太子がいつ・どの型を買ったかの詳細も同様です。

出典

  1. 日産ヘリテージコレクション プリンスセダン(AISH-2)(2026年11月7日に確認)
  2. 日産 企業情報 ヘリテージ 1950年代(2026年11月7日に確認)
  3. 日産ヘリテージコレクション プリンス スカイライン デラックス(ALSID-1)(2026年11月7日に確認)
  4. 日産ヘリテージコレクション プリンス系の車の一覧(英語版)(2026年11月7日に確認)
  5. 日産 企業情報 ヘリテージ 1940年代(2026年11月7日に確認)